8月6日原爆が投下された日★戦後から、だんだん変わっていく人の想い

   

みなさん こんにちは

今日は8月6日、原爆が広島に落とされた日です。
我が家も朝から8時15分の黙祷の時間を待ちました。

でも、この黙祷あまり他県では見かけたことがありません。

6日に東京のバルーン大会と重なった時

8月の6日は、よくバルーンの大会が関東で開催される頃です。
なので、この日に関東に居る機会が多くありました。

1度はホテルで8時15分を迎えたこともあります。
勿論テレビの前に立って1分間の黙祷をしました。
歩いているときに、この時間と重なった時もあります。
勿論、道路脇に避けて止まって目を閉じました。
だけど、止まってる人は周りに居なかったです。

これだけ広島と他県では想いや受け止め方が違うんだなぁ~と淋しく思った記憶が残っています。

ですが、以前は私も そうだったんです。

以前は私も黙祷してませんでした

私は広島の隣の島根県から お嫁に来ました。
来るまでの私は、黙祷をした時もあったし、しない時もありました。

私が小学校の時に少しだけ教科書に乗った原爆投下について調べる授業があり、それで調べたくらいです。
それまでは全く知らない状態で他人事でしたね。

なので、身近に感じることもなく、この『8時15分』と言う時間さえ明確に覚えてなかったように思います。

でも原爆に関しては広島県自身も戦後から、どんどん想いが変わってきているようです。
それは音楽を通じて分かることができます。

戦後の、広島副教材としての広島市から出ている『みんなのうた』には
戦後では原爆の後遺症で苦しむ人たちや亡くなる人も多かったので、ひろしま平和の歌と原爆を許すまじの2曲だけを掲載していました。
歌詞を載せてみます。

『原爆を許すまじ』
ふるさとの街やかれ
身よりの骨うめし焼土(やけつち)に
今は白い花咲く
ああ許すまじ原爆を
三度(みたび)許すまじ原爆を
われらの街に

ふるさとの海荒れて
黒き雨喜びの日はなく
今は舟に人もなし
ああ許すまじ原爆を
三度許すまじ原爆を
われらの海に

ふるさとの空重く
黒き雲今日も大地おおい
今は空に陽もささず
ああ許すまじ原爆を
三度許すまじ原爆を
われらの空に

はらからのたえまなき
労働にきずきあぐ富と幸
今はすべてついえ去らん
ああ許すまじ原爆を
三度(みたび)許すまじ原爆を
世界の上に

2003年に出された最新版

さて、最新版に掲載されていた歌は何でしょうか?
〈ひろしま平和の歌〉、〈青い空は〉、〈アオギリのうた〉、〈明日への伝言〉、〈折り鶴〉、〈折鶴のとぶ日(原爆の子の像によせて)〉の6曲です。

アオギリの歌
作詞・作曲/森光七彩
電車にゆられ 平和公園
やっと会えたね アオギリさん
小学校の校庭の木のお母さん
たくさん たくさん たね生んで
家ぞくがふえたんだね よかったね
遠いむかしの きずあとを
直してくれる アオギリの風
遠いあの日の かなしいできごと
資料館で見た 平和の絵
いろんな国の 人々や
私がみんなが 考えてゆく広島を
勇気をあつめ ちかいます
あらそいのない国 平和の灯(ひ)
遠いむかしの できごとを
わすれずに思 うアオギリのうた
これから生まれてゆく 広島を大切に
広島のねがいはただひとつ
せかい中のみんなの明るい笑顔

この2曲を比べると、アオギリのうたは平和を強く望む歌詞というのがよく分かりますよね。

日本人って、許す心、前を見て進む力が本当にある民族と私は思っています。

アメリカの大統領として初めて原爆慰霊碑に献花をしたオバマさん。
原爆を受けた方の1人が言っていました。
『謝って欲しいと思っていない』

この言葉から長い年月が、許す心、平和の心を望んでいることが分かりますよね。

出来れば県外の方々にも、8月6日と8月9日(長崎に原爆が落とされた日)は何か少しでも感じ取って欲しいなぁ~と思う日です。

 - pikaさんの日常